血風(けっぷう)を纏(まと)いし戦人(いくさびと)

第参夜 『弁丸』


こじんまりとした規模に、どちらかと言うと質素(城なのに質素と言うのも何か変だが)な作りな城。
本当にこれが知将として名高い真田家の城なのだろうか。想像していたものとは全く違う。
「本当にくだらないな。」
祖父に護衛の大変さを嫌と言うほど聞かされたが、それを聞くほどに、佐助は油断し、殺されるほうが愚かであり、戦国武将たるもの自らを守れなくてどうするのか、とますます護衛の任務が嫌になっていった。
しかし、祖父の言葉は絶対であり、任務を放棄することはできず、嫌々ながらも真田の城下町までやってきたのだ。
そして城下町から見る城の様子が自分の想像していたものとは全く違っていたことに、さらにうんざりとなっていった。
「何がくだらないのだ?」
不意に背後から子供の声がした。
「!?」
普段ならば絶対に、不意に・・・などということは無いのだが、何故かそのときは自分の背後に居る子供の気配に気づけなかった。
「あ・・・いや、別になんでもないさ」
「むぅ・・・ほんとうにそうなの・・・いや、そうでござるか?」
城下町の住人だろうか、年の頃ならば10、日に焼けた健康的な肌と赤い鉢巻が似合う少年が佐助を疑わしそうに見ている。
「ああ、本当に何でもない。少し考えごとをしていてね。」
「そうなのか。しかし、あまり悩まないほうがいいぞ。眉間のしわが癖になってるでござる!」
「・・・ああ、気をつけるよ。」
これだから子供は嫌いなのだ。
簡単に、あまり悩むな、などと言ってくる。
ああ、本当にうんざりだ。

「・・・様〜どこですか〜?出てきてください〜!!」

遠くから声がする。
どうやら誰かを探しているようだ。
しかし、自分には関係ない。
「俺は用事があるからもう行くよ。」
「そっそうか・・・ではまた、な!!」
少年はやたら声のするほうを気にしながら、どこかに走り去っていった。
「また、か・・・。もう会うことも無いだろうに、変な餓鬼だ。」
佐助もまた城に向かって歩き始めた。

「・・・様〜?どこですか〜?」

ふんっ・・・。とっとと見つけないと、命をとられちまうぜ?


城の内部も、外見と同じ用に質素な作りであった。
しかし、佐助を含め、見るものが見れば、そこには見たこと無い、複雑なカラクリがあることが分かる。
いくつかの廊下と部屋を渡り、佐助は真田の城主、真田昌幸と対面した。
特に強い威厳があるわけでもなく、戦国武将というにはあまりにも穏やかな顔をしていた。
・・・先が思いやられるな。
「さて、難しい話は無しにして、早速だが弁丸にあってもらおう。弁丸っ、こちらに」
部屋の横の襖が開き、弁丸と思しき少年が現れた。
年のころならば10、日に焼けた健康的な肌と赤い鉢巻が似合う・・・、・・・先ほど城下町で出会った少年だった。
ニコニコと笑う弁丸に佐助は内心驚いた。
・・・こいつ、俺が猿飛だと見抜いていたな。一体どういうことだ。
「弁丸はすぐに城を脱走して町に行ってしまう。先ほども町に逃げ出した弁丸を探すのに一苦労してな・・・。結局飛び出した時の格好のままになってしまった。」
俺はこいつらよりも身分が下なのだ。いくらでも待たせればいいだろうに。むしろ待たせてこそ、権力を示すことになるのに・・・。
何なのだ一体・・・!
「・・・で猿飛殿にはこの弁丸の護衛を願いたい。」
「御意に・・・。」
弁丸は頭を下げる俺に近づき、大きな声で、
「よろしくでござる!顔をあげよ!」
そう言って、俺の目をじっと見つめた。

こうして、俺は様々な疑問を持ちながら、真田の次男坊、弁丸の護衛に付くことになったのだ。